HSPの人生に安らぎを

子供の頃から、どうにかちゃんとした人になりたくて空気を読みつつ生きてきたら鬱病になりました。夫も鬱病で退職し私一人の時間が激減。私のSOSは夫には届かず息が詰まる生活を強いられている54歳の秋、何かに導かれるようにHSPを知りました。長い間自分の頭がおかしいと思っていたので少し救われたような気がしましたが、それを知ったところで状況は何も変わりません。どういうことが辛くて苦しいのかを記録することで吐き出し、どうしたら楽になるのかを考えていきたいと思います。

中学生時代の考察

キラキラ系の子たちに憧れや劣等感は残っていましたが、この頃になると「私とは住む世界が違うんだ」という考えになっていました。
何故かというと、私がキラキラしている子の所に行って話しをすると最初の2~3日は私もキラキラ系になったような気がしますが、だんだんとキラキラが無くなっていくからです。
もちろんこれは私だけの感覚で、強いて言うなら普段私たちがいるカラフルな世界からモノクロの世界になっていく感じです。
白黒じゃなくてモノクロですよ。
私が入ると、ステキに見えていた場がくすんだモノクロに変わってしまうんです。
これは今まで誰にも言ったことはありません。
言ってもわかってもらえない気がするし、変なことを言う人だと思われたくないから。

Hさんに会っている時は気にならなかったのでモノクロではなかったと思います。
そういえば、いつものようにHさんが私の家の前でエンジンをふかして走り去った数分後、救急車のサイレンの音が聞こえてきたことがありました。
「まさか………」とイヤな感じがしました。
バイクで転倒した………と私が聞いたのは翌日だったか、電話でHさんのお母さんから聞いたのか、Hさんのお兄さんから聞いたのか、すっかり忘れてしまいましたが「やっぱりあの時だったんだ」と思ったことは憶えています。
事故後に初めて会った時「大丈夫?」と一言しか声をかけられませんでした。
「心配したんだよ(泣」とか「足の骨折くらいで良かった(涙」とか感情を出したり気の利いた言葉は言えませんでした。
そんな言葉を口に出して言える可愛らしい女の子になりたかったです。
この頃には既に、人に会うとまず「敵か味方か」と、ひねくれた見方をするようになっていましたから。

小学校からの友達AちゃんBちゃん達と遊ぶ頻度が減り、親には嘘をつくようになっていました。
私の嘘は宝塚月子さんみたいな嘘ではなくて、部活がたいへんで帰りが遅くなったとか、学校の文化祭やらのイベントの準備で帰りが遅くなったとか、部活とかが忙しいからピアノのレッスンに行けなかったとか、友達宅に遊びに行くと言ってHさんに会いに行ったり………とにかく家にいたくなかったので嘘ばかりついていました。

そんな嘘つきのひねくれ者でしたが高校に進学したいとは思っていました、みんなが進学するから。
母は中卒なので「高校にはぜったいに行きなさい、何故なら就職に有利だから」とずっと言われていましたし、クラスメイトもみんな進学する方向に行っていました。
本心は「勉強嫌いなのにまた3年間学校に行くのかぁ。それに高校って成績が悪かったら進級できないんでしょ?自信ないなぁ」でした。
問題は他にもありました。
母がいつも「金がない」と言っていたので私立高校には行けないということ。
だからと言って地域でいちばんレベルが低い県立高校には行きたくないこと。
「なんだ~やっぱり受験勉強するしかないじゃん」と悩んでいたところに母が「隣町の商業高校にしたら?」と言ってきました。
「資格が取れて就職に有利だ」と。
特に理数系が嫌いな私が商業高校を受験するなんて無謀だし、もし合格したとしても卒業できないかもしれない。
当時聞かされたのは偏差値47or48or49、志望倍率2.0前後だったと思います。

ちょっと話しが逸れますが、実はこういった数字を覚えるのが苦手なんです。
例えば「17:48発」の電車に毎日乗っていても「17:40分台」としか覚えられず、毎日時刻表を確認します。
誕生日や記念日は、その人や事柄と結び付けられるからなのか覚えられますが、今月の予定などになると「20何日くらい」としか覚えられません。
足し算引き算の暗算も無理です。
「100から7を順に引いてください」と言われると93から先は時間をかけないと計算できません。
娘も私と同じなので、これがLDってヤツかなぁ?と思っています。

話し戻ります!
三者面談では「この高校は今の成績なら合格ライン。でもみんなが勉強して受験するから安心してはダメだよ」と言われ、もうやるしかなくなりました。
「仕方ない、勉強するしか道はない」とは思ったものの全く身が入りませんでした。
勉強しようと思って、夜食にインスタントラーメンを食べて満腹になり「やっぱり寝よう」となる始末です。
ただただ過ぎて行く時間に追い込まれて焦る中、滑り止めに私立高校を受験させてもらうことになり合格しました。
それで安心できたからか、大して努力してないのに希望校にも合格。
もちろん喜びました「私ってすごく運が良いわ!」と。

こちら中学3年間の通知表です。
1年生
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2年生
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3年生
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また「まじめ」って書いてくれてるw
私って真面目なんだわ。
他人事みたいな言い方だけどwww
内申点が悪いから、先生が所見を良く書いてくれて何とか合格できたのかもしれませんね。
憧れのキラキラな所に私が入ると場の輝きが失せるのは、大人になった今でもたまに感じることがあります。
何故なのかはわかりません。
1年生の頃には、まだ周りからはみ出すことを恐れていましたが、Hさんと出会ったことによって特別視されることを覚えました。
Hさんに気に入ってもらいたくてオシャレしました。
でも自分自身は相変わらず何もない空っぽなので、自信を持って行動したり意見を述べたりできず、更には素直に感情を出すこともできない可愛げのない女の子に育ってますw
中身空っぽのJK誕生です。